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2026ピースサイクル

 

2023年11月13日月曜日

2023「西瀬戸ピースサイクル」要請書一覧

「上関町に計画している使用済み核燃料中間貯蔵施設

建設を撤回し、

原子力からの撤退を求める」要請申し入れ

2023年10月27日

山口県上関町 西哲夫 様 

——————要請事項————

1.中国電力が関西電力と共同で、上関町に計画している使用済み核燃料中間貯蔵施設建設を撤回し中止してください。

2.  41年経っても建設困難な「上関原発計画」を白紙撤回してください。

 貴町には、日ごろから市民生活の安全、安心に尽力くださっていることに敬意を表します。

この度、西瀬戸ピースサイクルは、山口県東部の瀬戸内自治体をまわり、表記の要請をしています。

19631026日に茨城県東海村の動力試験炉で日本初の原子力発電が始まり、60年にもなります。これまでに、建設された商業用原発は廃炉も含め57基にもなります。2021年の第6次エネルギー基本計画では、原発比率2022%として、新増設はしないとのことで進んできています。

2011年に起きた東北地方太平洋沖地震では、津波対策を十分にしていなかった福島第一原発は、国際原子力事象評価尺度(INESにおいて、最高レベルの7(深刻な事故)の原発事故を起こしてしまいました。12年前の福島第1原発事故を考えると、原発は危険そのものです。

 岸田政権はGX基本方針により、原発を再稼働し、60年超の原発を動かす政策を決めました。高速増殖炉「もんじゅ」を動かすことができず廃炉が決定し、原発稼働後に出る危険な使用済み核燃料(核廃棄物)の再利用を図る「核燃料サイクル」の実現を、今後も行おうとしています。

 しかし、青森県六ケ所村の「使用済み核燃料再処理施設」は、故障続きで稼働できる見通しはありません。「核燃料サイクル」の破綻は明らかです。そこで溜まり続ける使用済み核燃料のための中間貯蔵施設を建設することで、解決しょうとしています。何十世紀にもわたる処理・処分など後世に押しつけるわけにはいきません。

 上関町に建設計画のある上関原発は工事が進まず、41年が経過しました。もうこれ以上建設計画を進めるべきではありません。事故の危険があり、処理・処分できない放射性物質を発生させる原子力は人類とは共存できません。すべての原発を廃炉にし、核燃サイクルによる原子力の利用政策の大転換を図る時です。

そして、「上関原発を撤回し、中間貯蔵施設を建設しないこと」を決定してもらい、そのことを、中国電力、山口県知事、国に進言してください。

 

要請団体:西瀬戸ピースサイクル(上関、伊方)

           呼びかけ人:ピースサイクル広島:新田秀樹脱原発へ!中電株主行動の会:溝田一成

                                                      2023年10月27日


山口県柳井市 井原健太朗 様

——————要請事項————


 「上関町に計画している使用済み核燃料中間貯蔵施設建設を撤回し、原子力からの撤退を求める」要請申し入れ 


1.        中国電力が関西電力と共同で、上関町に計画している使用済み核燃料中貯蔵施設建設をしないよう表明してください。

2.       41年経っても建設困難な「上関原発計画」を白紙撤回するように表明してください。

 貴市には、日ごろから市民生活の安全、安心に尽力くださっていることに敬意を表します。

この度、西瀬戸ピースサイクルは、山口県東部の瀬戸内自治体をまわり、表記の要請をしています。

19631026日に茨城県東海村の動力試験炉で日本初の原子力発電が始まり、60年にもなります。これまでに、建設された商業用原発は廃炉も含め57基にもなります。2021年の第6次エネルギー基本計画では、原発比率2022%として、新増設はしないとのことで進んできています。

2011年に起きた東北地方太平洋沖地震では、津波対策を十分にしていなかった福島第一原発は、国際原子力事象評価尺度(INESにおいて、最高レベルの7(深刻な事故)の原発事故を起こしてしまいました。12年前の福島第1原発事故を考えると、原発は危険そのものです。

 岸田政権はGX基本方針により、原発を再稼働し、60年超の原発を動かす政策を決めました。高速増殖炉「もんじゅ」を動かすことができず廃炉が決定し、原発稼働後に出る危険な使用済み核燃料(核廃棄物)の再利用を図る「核燃料サイクル」の実現を、今後も行おうとしています。

 しかし、青森県六ケ所村の「使用済み核燃料再処理施設」は、故障続きで稼働できる見通しはありません。「核燃料サイクル」の破綻は明らかです。そこで溜まり続ける使用済み核燃料のための中間貯蔵施設を建設することで、解決しょうとしています。何十世紀にもわたる処理・処分など後世に押しつけるわけにはいきません。

 上関町に建設計画のある上関原発は工事が進まず、41年が経過しました。もうこれ以上建設計画を進めるべきではありません。事故の危険があり、処理・処分できない放射性物質を発生させる原子力は人類とは共存できません。すべての原発を廃炉にし、核燃サイクルによる原子力の利用政策の大転換を図る時です。

そして、「上関原発を撤回し、中間貯蔵施設を建設しないこと」を決定し、そのことを、中国電力、山口県知事、国に進言してください。

要請団体:西瀬戸ピースサイクル(上関、伊方)

                          呼びかけ人    ピースサイクル広島:新田秀樹

脱原発へ!中電株主行動の会:溝田一成

                                    2023年10月27日

 

「上関町に計画している使用済み核燃料中間貯蔵施設建設を撤回し、原子力からの撤退を求める」要請申し入れ

内閣総理大臣 岸田文雄 様

経済産業省 経済産業大臣 西村康稔 様 

山口県知事 村岡嗣政 様

中国電力株式会社代表取締役社長  中川堅剛 様

——————要請事項———— 

1、  中国電力が関西電力と共同で、上関町に計画している使用済み核燃料中間貯蔵施設建設を撤回し中止すること。        

2、  41年経っても建設困難な上関原発計画を白紙撤回すること

この度、西瀬戸ピースサイクルは、山口県東部の上関町、柳井市に表記の要請をしてきました。

19631026日に茨城県東海村の動力試験炉で日本初の原子力発電が始まり、60年にもなります。これまでに、建設された商業用原発は廃炉も含め57基にもなります。2021年の第6次エネルギー基本計画では、原発比率2022%として、新増設はしないとのことで進んできています。

2011年に起きた東北地方太平洋沖地震では、津波対策を十分にしていなかった福島第一原発は、国際原子力事象評価尺度(INESにおいて、最高レベルの7(深刻な事故)の原発事故を起こしてしまいました。12年前の福島第1原発事故を考えると、原発は危険そのものです。

 岸田政権はGX基本方針により、原発を再稼働し、60年超の原発を動かす政策を決めました。高速増殖炉「もんじゅ」を動かすことができず廃炉が決定し、原発稼働後に出る危険な使用済み核燃料(核廃棄物)の再利用を図る「核燃料サイクル」の実現を、今後も行おうとしています。

 しかし、青森県六ケ所村の「使用済み核燃料再処理施設」は、故障続きで稼働できる見通しはありません。「核燃料サイクル」の破綻は明らかです。そこで溜まり続ける使用済み核燃料のための中間貯蔵施設を建設することで、解決しょうとしています。何十世紀にもわたる処理・処分など後世に押しつけるわけにはいきません。

 上関町に建設計画のある上関原発は工事が進まず、41年が経過しました。もうこれ以上建設計画を進めるべきではありません。事故の危険があり、処理・処分できない放射性物質を発生させる原子力は人類とは共存できません。すべての原発を廃炉にし、核燃サイクルによる原子力の利用政策の大転換を図る時です。

そして、「上関原発を撤回し、中間貯蔵施設を建設しないこと」を決定ください。

 

要請団体:西瀬戸ピースサイクル(上関、伊方)

                          呼びかけ人   ピースサイクル広島:新田秀樹

脱原発へ!中電株主行動の会:溝田一成

                         2023年10月28日

 

 

四国電力社長 長井啓介 

伊方原発3号機の稼働をやめ、持続可能な社会実現のため原子力からの撤退を求める

 私たちは瀬戸内海沿岸の平和と環境を守ろうと有志が集う西瀬戸ピースサイクルのメンバーです。1986年から、全国各地で自転車などによる街頭アピール、軍事基地や原子力施設などへの要請を行っています。今年、中国電力による「中間」貯蔵施設建設計画が持ち上がり、41年前から原発建設計画に揺れる山口県西部の瀬戸内自治体をまわり、原発建設計画と「中間」貯蔵施設の白紙撤回の要請をしています。

1963年1026日に茨城県東海村の動力試験炉で日本初の原子力発電が始まり、60年も経過しました。これまでに、建設された商業用原発は廃炉も含め57基にもなります。2021年の第6次エネルギー基本計画では、原発比率20~22%として、新増設はしないとのことで進んできています。しかし、岸田政権はGX基本方針を策定し、原発を再稼働し、これまでの政府の方針を覆し60年超の原発を動かす政策を決めました。多くの市民が反対する原発再稼働と老朽原発の稼働延長は到底受け入れられません。

2011年3月に起きた東北地方太平洋沖地震では、福島第一原発は、国際原子力事象評価尺度(INES)において、最高レベルの7(深刻な事故)の原発事故を起こしてしまいました。12年前の福島第1原発事故は改めて原発の危険性を再認識させられました。事故を起こした福島第一原発事故の終息には何年かかるか見通せず、溜まり続けるALPS処理汚染水を海洋放出までして次の世代までこれらの処理を転嫁することになります。

 GX基本方針では原発を再稼働し、原発稼働後に出る危険な使用済み核燃料(核廃棄物)の再利用を図る「核燃料サイクル」の実現を、今後も行おうとしています。高速増殖炉「もんじゅ」を動かすことができず廃炉が決定し、青森県六ケ所村に計画されている「使用済み核燃料再処理施設」は、故障続きで稼働できる見通しはありません。「核燃料サイクル」の破綻は明らかです。そこで溜まり続ける使用済み核燃料のための「中間」貯蔵施設を建設することで、解決しょうとしています。何十世紀にもわたる処理・処分など後世に押しつけるわけにはいきません。

伊方原発は日本一長い佐田岬半島、日本一長い中央構造線の上に存在し、目の前には世界有数の生物多様性の豊かな瀬戸内海があります。万が一事故が起きれば閉鎖性海域の瀬戸内海は死の海となり、事故を起こさなくても放射能と温排水を瀬戸内海にたれ流し、全ての生命の生存権を脅かしながらでなければ稼働できません。その上、誰かが被曝労働に従事しなければならない。

再生可能エネルギーによる発電や新しい効率的な発電方法が開発され、電気供給には余裕ができた今、せっかく発電された自然エネルギーまで捨てられる事態になっています。原発にあくまでこだわり続ける必要はありません。かつては、安くて地球温暖化に優しいクリーンな発電と言われていたが今ではそれは全くデタラメであったと証明されています。私達は生きとし生ける全ての生命と、未来へと続く生命の繋がりを守るため、貴社の伊方原発3号機の稼働を中止することを求めます。

 

 

要請団体:西瀬戸ピースサイクル、ピースサイクル全国ネットワーク

                         呼びかけ人    ピースサイクル広島:新田秀樹

              脱原発へ!中電株主行動の会:溝田一成

                                       おおさかピースサイクル:山下伸生

                                       大分ピースサイクル:池田年宏

2023年9月15日金曜日

東海村~女川 (8/18~8/23)写真報告


東海村~女川 (8/18~8/23)報告―

 

【いわき~仙台~女川~石巻】819日(土)~22日(月)

いわきを出発した自転車隊は、豪雨に会い、1台の自転車の旗を取り付けていた金具がずれ、フレームを損傷。結局、橋本さんが単独走行になりました。桜井さんは急遽、郡山からJRで仙台に向かい、20日に開催された原発構内での被ばく労働で白血病を発症し労災認定を受け、現在、東電の責任を追及する裁判を行っている「あらかぶさんのお話を聞く会」に参加することになりました。この集まりはピースサイクルを期に仙台の全労協や市民団体(みやぎ脱原発風の会)の協力で開催されましたが、茨城大津漁港の方も参加。漁協で放射能データの改ざんが発覚。告発した記事が週刊誌などで報道されるも、2年前に解雇され、現在闘っていることが報告されました。

集会終了時には、千葉から破損した自転車の台車をその日のうちに持ってきてくれるという一報が届き、支援に感謝、感謝でした。

21日は午前9時に東北電力本店申し入れ行動を行いました。前日の集会に参加したFridays For Future sendai(未来のための金曜日)の20代の若者も本店行動に参加。東北電力は、本店前でのドラム缶アピールを嫌い、自転車を駐輪場に留め置くことや、椅子も机もないビル内の小部屋での要請書の受け取りを画策。私たちは女川2号機の再稼働の問題点を5項目の要請を本店に提出しました。

その後、猛暑の中、みやぎ金曜行動の西さん、青森の竹浪さん、首都圏から橋本さん、櫻井さんの4台の自転車とサポートカーで仙台を出発。途中、大型トラックが走行する坂道で苦闘するも、松島基地から飛び立つ爆音に驚きながら仙台から女川まで走破。復興予算で新たな駅舎や商店街が立ち並ぶ女川駅そばのトレーナーハウスの宿泊地に17時過ぎたどり着きました。

22日、阿部美紀子女川町議と出発前にお会いし、原発が動けば毎秒60tの温排水(海水温度より7度高い)が海に流される。住民は反対だと大きな声では言いにくいが誰もが再稼働に対して不安に思っているなどお話しされました。石巻の差止訴訟団の方に案内され、牡鹿半島のアップダウンの険しい道を自転車で原発に向かいました。ゲート前では鹿島建設の作業員や発電所社員らが40名ほど待機し、私たちを待っている状態でした。

来年2月にも再稼働が予定されている2号機の工事が進められている状況を間の当たりにし、予定外でしたが、その場で再稼働工事の具体的問題について説明を聞くことができました。

老朽原発美浜3号機再稼働時に問題になったケーブル火災対策について、女川でも問題になっていて工事が当初の計画通りに進んでいないようです。

 ゲート前を後にした私たちは、急な下り坂での自転車走行をあきらめ、車で移動。鳴り砂で有名な小屋取浜に立ち寄り、対岸の原発の異様な様相と砂浜の美しさのあまりにも違う風景に唖然としながら再び女川駅前に向かいましたが、女川湾の小島にかけられる避難用の橋が作られている現場に遭遇しました。高額な金をかけて避難用の橋を作る。ゼネコンだけが儲かるまさに原発利権の姿が浮き彫りになっています。

 夕方には石巻の皆さんとの交流を深めました。全国の皆様、岸田政権のGX原発推進策を打ち破る闘いは、現地の再稼働を許さない運動を支え、全国運動として「原発いらない、核燃いらない」の声を大きくしていくことです。3.11以降12基の原発が動き出しています。来年2月といわれる女川2号機の再稼働をみんなの力で阻止しましょう。

  





報告者:ピースサイクル事務局 沼倉 潤

2023六ヶ所ピースサイクル 東海村~女川報告

東海村~女川 (8/188/23)報告―1

【東海村行動】818日(金)晴

818()東海駅(常磐線)では松戸から車で向かった東海村行動の参加者が到着する前に、自転車隊がすでに走行の準備を終え、最終点検を行っていた。異常な猛暑の中、いよいよ六ヶ所村をめざす六ヶ所ピースの始まりだ。

 1995年から始まった六ヶ所ピースは、今年で29回を数える。単独で走らなければならない時もあった。でも、「原発いらない!核燃やめよ!」の思いは真夏の暑さや豪雨、坂道の苦難を乗り越え、届け続け、多くのみなさんの声として行動として繋げなければならない運動だった。

ましてや福島原発事故によってばらまかれた放射能が大量に存在している今、国や電力資本、利権勢力が再び原子力()の利用を持ち出した政治の反動化の時代に「核のない世界を築き上げよう!」のメッセージは声高く発信したい、それが今年のピースのみんなの思いとなっている。


東海村に集結した自転車は昨年より増え8台に。東海駅で出発式を行い、自転車隊(橋本、櫻井、竹浪は六ヶ所へ ひろせ、しろたまさんはいわき市、藤本、佐藤、土屋は東海村周辺)は駅を周回した後、力強くペダルを踏みだしました。その後支援者は、阿部功志東海村村会議員から東海村議会の動向や、村が進めている避難計画策定の問題点などの現状報告をお聴きし、日本原電地域共生部の一室で申し入れを行いました。

申し入れ会見での





原電原電担当者の口調はソフトタッチで安全性について説明するも、多額な資金を他社から支援して工事を行っているが、再稼働するのかとの質問には、「再稼働は原電が決めるわけではないので、今は再稼働を目指す工事」など再稼働の責任をはぐらかす詭弁に終始した答弁でした。今回の行動には松戸市や桜市、鎌ケ谷市からの参加も含め、20名の皆さんが東海村行動に参加しました。

2023年8月14日月曜日

2923長崎ピースサイクル報告

 8月7日 唐津出発~玄海原発~伊万里市~佐世保

 8月8日 佐世保市出発~ハウステンボス~大村市~諫早~長崎市

 8月9日 長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼集会参加~長崎平和資料館館長に

      








平和メッセージを届け~爆心地公園での集会

8月7日〜9日にかけて長崎ピースサイクルは、大型台風6号が沖縄からUタウンし九州に迫るという中で開催されました。6日に飛行機で福岡空港へ、そして夕方5時に唐津到着。玄海原発反対唐津事務所に一泊をお願いし、原発反対て闘う仲間と3年ぶりの再会でした。

今年の長崎ピースサイクルの予定は、7日朝、唐津事務所を出発(7時30分)→玄海原発申し入れ(9時30分)→伊万里市で昼食佐世保市のコース。8日は、佐世保市出発ハウステンボス大村市諫早長崎市のコースで、夕方は「8・8平和を考える長崎集会」と講演に参加。9日は、長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼集会参加長崎平和資料館館長に平和メッセージを届け爆心地公園での集会の参加が企画されていました。

7日、8日は台風がそれたことで雨に当たることもなく予定通り取り組みました。また9日は台風が極接近で、雨も降ったものの爆心地集会が中止となったが、他の行事は取り組まれ、無事メッセージを長崎平和資料館館長に手渡すことができました。

88集会」の中で、講師の新田さんは、広島の基地の状況や新しい艦船の情報をプロジェクターを使い目からも学べる講演会となりました。また、会場からの意見では「私たちは、戦争体験者から戦争の話を直接聞けたが、これからはそうはならない。反戦平和の取り組みを若い世代にいかにつなげていくか課題だが、まずは一歩を」という言葉には納得。もうすぐ78回目の8月15日、敗戦記念日は追悼だけではなく老若男女学びの一日にしたいものです。

                   報告 神奈川ピース 佐藤修作

 

2023年8月10日木曜日

【報告】常磐線ルート

ピースサイクル2023千葉ネット(常磐線ルート)の報告

広島に向かう最初の行動の千葉ネットの報告です。ピースサイクル運動が始まってから39年目、常磐線ルートが始まってから34年目です。今年は7月13日(木)、14日(金)の2日間で実施しました。8自治体と下総基地への申し入れ行動。

 市役所訪問は、4月下旬に4項目33の質問を出しました。

1項目.ロシアのウクライナ侵略戦争と「台湾有事」を口実にした「安保3文書」の閣議決定。法整備と軍事予算とこれまで長年にわたって取り組まれてきた非核都市宣言による平和施策の取り組みとの関連性は(10項目の質問)。

2項目.3年余のコロナ禍体験によって、市民の命と暮らしを守る多様な施策を今後にどう生かしていくのか(8項目質問)。

3項目.政府は、福島原発の過酷事故が収束もしていない中で、気候危機対策として原発の積極的推進政策、気候危機対策で原発の推進が役立つと思われますか(7項目質問)。

4項目.213月、水戸地裁の「半径30キロ圏内の94万人の避難は困難、よって運転の差し止め判決」を受けて、「広域避難受け入れ協定」はこの一年間で具体化されましたか(8項目質問)。

  質問時間は各45分間。1項目目の国の施策については、4つに自治体が危惧を持っている回答。4つは国の施策について回答はできないと対等の立場を放棄していました。

  1日目の自転車隊は3名、2日目は4名でした。参加者数は、8自治体で職員数は89人、ピース側は73人でした。けが人は出ませんでした。

 



速報 ピースサイクル2023愛知

速報 ピースサイクル2023愛知

猛暑の三日間 静岡~愛知~岐阜 平和のリレー 広島へ

ピースサイクル2023愛知は、726日~28日にかけて取り組まれ、猛暑の中ではありましたが、無事岐阜にリレーすることができました。自転車で走った人サポートした人、地域で迎い入れ、送り出してくれた人、街宣車を運転した人、マイクでピースイクル運動、平和、脱原発、反戦を訴えた人、みなさん、お疲れさま、でした。

詳細は、11月の全国総括会議に向けた「愛知からの報告集」でまとめられますが、主な経過を速報としてお知らせします。



726日(水) 豊橋~陸自豊川駐屯地~岡崎を走る

今年もピースサイクル全国運動2023の一つ、東海道筋から中国道筋を走る、東京発85日夕方広島着の自転車リレー、その静岡・浜松から愛知へ。豊橋で担当の岡崎実行委員会がリレーを受けて愛知の実走が始まった。

 例年のごとく、豊橋公園で浜松チームと合流してリレーを受け、午後1時に自転車隊4人、サポート3人、車2台で出発し、210分頃から陸自豊川駐屯地での申し入れを合同で行い、その後浜松チームは帰路についた。

自転車3人、サポート一人の岡崎チームは、国道1号線と並行する旧東海道の御油の松並木・赤坂宿のルートで岡崎に向かって走り続け、午後5時前にはこの日の実走を終えた。

かつては、こうした実走、申し入れに加え、旧豊川海軍工廠の記念館「桜ヶ丘ミュージアム」の見学、その海軍工廠が米軍・B29の空襲(194587日)を受け壊滅し、2700人余と言われるほど多数の死者を出したが、豊川稲荷神社近くのその慰霊碑のある場所を訪問し慰霊、もう一つは、「豊川海軍工廠平和公園」というのもあり、そこは旧第一火薬庫のあった場所なのだが、見学したこともあった。

ちなみに、豊橋から西に向けて空自小牧基地で岐阜にリレーするルートは、現在の岡崎から豊田市、日進市経由の「北ルート」一つだけではなく、「南ルート」では、蒲郡市、安城市、刈谷市(境川流域下水道反対運動)、旧米軍依佐美送信所、名古屋市(三菱重工・大江工場)を経由したルートもあった。

それらは、炎天下で汗をかいてひたすら走るだけでなく、普段訪れることのない反戦・平和に関連した場所へ、サイクリングの楽しさも加味されて走ったのだった。

多分全国各地のピースサイクルも同じような内容が加味されているのではないだろうか。こうして、ピースサイクルは「反戦・反核・平和・人権」を掲げ、自治体、基地、原発関連での申し入れと戦跡の訪問見学、地域運動との交流を進めているのである。新しい若い人の参加を望みたい。


7月27日(木) 岡崎~豊田~日進~名古屋を走る

今日も連日の猛暑の続き。とりわけ豊田市周辺は、今夏はしばしば県内最高気温が伝えられていたから、今日も実走者は大変だったであろう。実走チームは昨日の岡崎チーム3人に豊田から日進までは、女性一人が加わり先頭で道案内をした。彼女は単身で、広島まで自転車で走った経験を持つ。

この日、岡崎を8時には出発して矢作川を遡上するようにして国道、堤防道路を使って豊田市に向かい、10時頃から豊田市民の会と共に豊田市に申し入れの回答と質疑を交わして豊田を出発、予定をやや遅れて日進市に到着した。

日進市では、日進市民の会の主催する交流会そしていつも華やかでおいしい昼食会、その後、市の担当課長から歓迎のあいさつと事前申し入れの回答及び広島、長崎両市長宛の、近藤市長からのメッセージを受け取った。

交流会では「次期課題としてこの炎天下を自転車で走ることへの本人の心配、ご家族の心配などから次年度の方法を検討する必要あり。他の方法も加え、ピースサイクル愛知の新しいやり方も付け加えてはどうか。例えば、折り鶴をピース愛知の名前でも広島に届ける。丹羽さんが取りまとめているので次年度からなら送るときにピース愛知の名前のものも送ることはできるなど、高齢化対策も。などの意見が出た。

予定では、散会後日進図書館での「平和の集い」の見学とあったが、時間が経過していたので3時前には名古屋チームは、中電本店に向かって出発した。ここからはサポートを兼ねて街宣車が同行した。

自転車の一行は4人で出発し、途中で一人は都合で抜けたが、これまでの天白川の堤防道路と違って、歩道のない県道を平針まで出て、そこら西進して植田西、八事経由、旧飯田街道をたどって午後4時過ぎに中電本社に到着。

今年から中電側の担当者が代わったが、ピースサイクルからは6人が参加し、「リニア開業に伴う、浜岡原発の再稼働の可能性を問う」「東電の汚染水海洋放出について中電の見解を問う」、政府の「原発回帰」が顕著であるが、「原発に代わる再生可能エネルギーの拡大に注力すべきと思うが、見解を問う」という内容の申し入れを行い、回答を受け、質疑を行った。5時過ぎに明日の予定を確認して解散した。


7月28日(金)名古屋~空自小牧基地、ここで岐阜にリレー

 ピースサイクル愛知の最終日は、午前830分から名古屋市への申し入れから始まった。

 名古屋実行委員会から10人、市側から2名が市庁舎前で向き合い、名古屋の代表が「名古屋市への要請と要望」を記した申し入れ書を読み上げて手渡した。

 その内容の一部は、河村市長が前言を翻した「徳山ダム導水路」計画について、また「リニア新幹線」について、が市政に関してのもの。次に、「日米地位協定」の抜本的見直しについて、愛知県下でも扶桑町議会、岩倉市議会が採択した例があるが、中部の中心都市・名古屋市としての見解を問う。もう一つは、これも国政に関する課題「原発」についてであるが、名古屋市として「再生可能エネルギー」政策の推進に寄与すべきではないか、と見解を問うた。

 以上の申し入れと共に、広島市長、長崎市長、沖縄県知事宛メッセージの発出を要請した。

 次に、隣接する愛知県庁に向かった。ここでも県側は2人、ピースサイクル側11人が参加した。

 大村秀章知事あての「要請と要望」の内容は、「愛知県の平和行政」について。知事がリニア新幹線推進期成同盟会の会長を務めているが、その内容について、を3点に亘って県の姿勢を問うた。次に、名古屋市と同様の「日米地位協定」の抜本的見直し、「原発」について、県として見解を求めた。名古屋市と同様に、広島市長、長崎市長、沖縄県知事宛メッセージの発出を要請した。

 午前940分頃、自転車6台、街宣車にサポーター3人、炎天下の中を元気に小牧基地に向かって走り出した。

 県庁を出発した一行は、国道41号線に出て北上、途中から県道102号にのり、名鉄小牧線に沿う形でさらに北上して豊山町(イチローの出身地)と接する春日井市を抜け、空自小牧基地へ。この間は約13㎞、1時間余の道のりであった。

小牧基地では、岐阜ピースサイクルのメンバーと合流、渡部 琢也基地司令宛ての申し入れ書が読み上げられた。

その内容は、沖縄でのヘリ墜落で10名の殉職、岐阜での自衛官殺傷事件で3人の死傷者ついて取り上げ、哀悼の意を表し、併せて政府の集団的自衛権行使の容認、南西諸島への軍備の拡張など、それは自衛官の命を軽んじる政策ではありませんか、と投げかける前文を掲げ、「一連の戦争政策について」問う。「具体的に進む戦争準備」について、司令として考えをお聞きしたい、とした。

この後、岐阜の仲間にリレーし昼食をとった後、愛知から自転車1名と街宣車が同行し、最初の訪問地、空自岐阜基地に向けて出発していった。 (729日 阪野 記)

 

2023年8月3日木曜日

【報告-1】2023神奈川ピースサイクル 〈7月17日~20日〉

「ブレーキかけろ! 軍拡・増税・再稼働 憲法守って命と生活最優先」

神奈川ピースサイクルは、7月17日から4日間、自転車のリレーで、反戦平和を求め、環境問題を考え、安心して暮らせる社会を目指す取り組み、2023神奈川ピースサイクルを実施しました。神奈川の今年のテーマを、「ブレーキかけろ!軍拡 増税 再稼働 憲法守って 命と生活 最優先」とし命と暮らしがおろそかにされる社会はダメという思いを掲げ取り組みました。

【7月17日】 川崎平和館~国見駅弾痕跡~横浜ノースドック~          三沢町の戦没者慰霊碑~厚木空神社~厚木基地~高座渋谷教会 

9時から川崎市平和館前で、東京ピースサイクルからの平和への思いを引き継ぎ、平和館館長の出席を得て出発集会は開催されました。集会には、小内神奈川県労働組合共闘会議事務局が参加、連帯の挨拶を頂き、そして館長より激励の言葉と川崎市長のメッセージを披露していただきました。当日の平和館では、「戦争ポスター展〜戦意高揚と戦争協力〜」が開催されていたものの時間の都合で見学することが叶わず残念でしたが、ピースサイクル隊は仲間に見送られてスタートしました。                            (写真、川崎出発集会)

この日の気温は37度を超える猛暑、熱中症にならぬよう対策を取り安全第一を確認しスタートしました。川崎平和館から鶴見線国道駅で機銃掃射の弾痕跡を見学。米陸軍横浜ノースドックで揚陸艦を見学。横浜三沢町の戦没者慰霊碑、厚木空神社を見学。そして、厚木基地への申入れ、最後に~での交流会を行いました。

厚木基地申し入れでは、会員の協力を得て初めて英文の申し入れ書を手交できました。また夜の高座渋谷教会での交流会では、「アフガニスタン用水路が結ぶ恵みと平和」を上映、ワルシャワ会の闘いと中村哲さん勇壮を見ることができました。(写真 自転車で走るピース隊)

【7月18日】 高座渋谷教会~綾瀬市役所~大和市役所~座間市役所~     海老名市役所~厚木市役所~伊勢原市役所~秦野市役所~渋沢教会

 高座渋谷教会に宿泊し、6時起床、7時食事&朝のミーティング、8時20分出発しました。お世話になった牧師と記念写真を撮り出発。この日は市町村訪問の一日でした。爆熱の天気予報が出ていましたが、教会の方に見送られスタートしました。綾瀬市役所大和市役所座間市役所昼食海老名市役所厚木市役所伊勢原市役所秦野市役所と7市町を訪問し、渋沢教会へと走りたどり着きました。

  






行程での各役所では到着集会を開催、コロナが5類に変更後の平和事業の取り組みについて伺うなどしました。伊勢原市役所では伊勢原市職員組合の方からの激励の差し入れを頂くなど暑さが吹っ飛び、ピースサイクルの仲間も元気を頂くことができました。

 

【報告-2】2023神奈川ピースサイクル 〈7月19日~20日〉

【7月19日】 松田町役場~開成町役場~山北町役場~南足柄市役所~

        小田原市役所~焼津

 宿泊所の渋沢教会を8時30分に出発し、松田町役場開成町役場山北町役場昼食南足柄市役所小田原市役所へと自転車を走らせ、小田原駅新幹線口で車と電車に分かれ焼津へ向かいました。この日、5自治体を訪問し、その後焼津への移動となりました。

前日に続く猛暑でしたが、この日最初に訪問した松田町では町長と職員皆さんに迎えていただき3日目の疲れも飛びました。暑い中での行動なので熱中症対策は十分に施していましたが、自転車の転倒事故が発生してしました。けがはかすり傷、軽傷で済みましたが、その後の自転車走行はこれまで以上に安全第一で進むこととなりました。

午後は南足柄市役所から始まり、金太郎牛乳の差し入れがあり、濃い味牛乳を楽しみました。この日の最終到着地の小田原駅新幹線口で、車と電車に分かれて移動し宿泊所の焼津マリンパレスで合流しました。宿の温泉で一日の汗を流しその後、宿のそばの居酒屋で夕食兼交流し明日の鋭気を養いました。

【7月20日】 焼津~浜岡原発

 6時起床部屋の窓を開け天気を確認。すでに太陽はガンガンと窓を照らし、開けた途端に部屋には強い日差しと熱風が舞い込んできました。そそくさと窓を閉め出発の準備に入りました。7時30分朝食、8時30分出発し、45キロ先にある浜岡原発へ自転車4台サポートカー1台は向かいました。

 主に国道150号を走りるのですが、道は平坦、海沿いを走るコースでした。厳しい直射日光と高い堤防がなければ快適なサイクリングなのですが、この日も日差しが強く、また2011年の東日本震災以降堤防の嵩上げで海が隠れています。11時30分浜松ピースとの待ち合わせ場所のなぶら市場に到着、昼食と暫時の休憩を取りました。

 午後12時10分、浜松ピースサイクルと合流しました。合流後自転車の整備、そして申入れ対策会議を開催。浜岡原発の現状、中部電力の姿勢などについて参加者は意見を共有し準備を進めました。13時になり原発に向けて出発、6キロ自転車で45分、原発に到着し申入れ会場に向かいました。     

昨年は電力館に一歩も踏み入れさせない、かたくなな姿勢で対応した中部電力でしたが、森下さんの尽力で今年は、会議室を用意していました。

 ピースサイクル浜松、浜岡原発を考える会静岡ネットワーク、ピースサイクル神奈川は「浜岡原発の永久停止・廃炉などを求める申し入れ書」を手交し、意見交換を行いました。意見交換では、原発再稼働の技術的問題や施設の改廃計画やごみ問題、そして安全な避難計画について細かに確認したものの、検討中、現状ではわからないとの回答で、原発稼働への不安は拡大。約束の1時間の申し入れを終え帰路につきました。

 気温37度超えの暑い4日間でしたが、大きな事故もなく静岡ピースへとバトンタッチできたことに感謝しております。「平和は暮らしの原点」軍備強化より外交を優先する社会を目指しましょう。

 〔報告 神奈川ピースサイクル佐藤〕




 

 

 

2023年7月10日月曜日

2023沖縄ピースサイクル報告 2回目

623日から4日間で開催された、自転車で戦跡をめぐりながら過去の戦争を学び、反戦平和を訴える縄ピースサイクルに参加しました。

梅雨がまだ明けぬ那覇に到着し、23日は、県南部の山形の塔、白梅の塔、ひめゆりの塔、魂魄の塔を自転車で巡り、広島の塔の前広場で開催された国際反戦集会に参加しました。




翌日からは、県北部の「ヘリパットはいらない住民の会」を訪問、大浦湾のサンゴと埋め立て工事の船上見学、辺野古ゲート、読谷村チビチリガマ慰霊を見学。嘉手納基地や嘉数台地から普天間基地を見学しました。そして国道58号を自転車で走り那覇に帰るコースで取り組まれました。コロナ渦で中止を強いられていた沖縄ピースサイクルの再開は、戦争の悲惨さを再確認できた行程でした。

 623日 慰霊の日 国際反戦沖縄集会〉

スタートした623日は、日本軍が解散命令を発出し組織的戦闘が終わった日とされ沖縄県は慰霊の日と定め休日です。県民、家族が一堂に会し、終戦末期の沖縄地上戦の犠牲となった約20万人を慰霊します。平和記念公園での沖縄全戦没者追悼式はよく知られていますが、県下各地で慰霊祭が執り行われており、県民行事として定着しています。

沖縄の623日それは、戦争犠牲者を追悼し悲しむだけではなく、なぜ父母兄弟姉妹が死ななければならなかったのか、なぜガマでの集団自決が発生したのかなどの悲惨な戦争の事実を学び現地を見ることで、戦争がもたらした悲しみや平和の大事さを学ぶ一日なのです。

この日の国際反戦沖縄集会では、南部戦跡土砂採取計画に反対する仲間からの発言、「ヘリパットいらない住民の会」からの発言、普天間基地ケート前で「ゴスペルを歌う会」、「辺野古ブルー」からの発言、「在沖縄ミャンマー人会」からの発言。韓国の市民運動家らの発言など、戦争のない平和な社会を共に創ろうという訴えが続きました。

しかし、昨年224日ロシアのウクライナ戦争は、激化の一途で犠牲者が拡大、核兵器の使用も辞さないと発言するなど戦火が拡大しています。また国内では、北朝鮮のミサイル発射、台湾有事などを口実に、南西諸島の基地強化を進め、敵基地攻撃能力の保有さえも現政権は正当化しようとしています。見過ごすことはできません。

私たちは、基地や兵器の強化、敵基地攻撃能力の保有、集団的自衛権の行使ではなく、平和憲法のもとで、武力によらない国際紛争の解決、外交による問題解決を政府に求める行動を国内外の仲間とともに創っていきましょう。  報告 佐藤修作(神奈川ピース)

 

 2023沖縄ピースサイクル報告

2023沖縄ピースサイクル報告 〔623日~26日〕

ピースサイクル全国ネットワークで取り組む平和運動として日本列島を自転車で縦断する、その第一弾である沖縄ピースを走って来た。

1日目 那覇~糸満~国際反戦集会〉

沖縄ピースは、6月23日の沖縄戦の戦没者追悼式が行なわれる慰霊の日に那覇市から南にある糸満市摩文仁の魂魄の塔まで自転車で走り国際反戦集会に参加。この魂魄の塔のある糸満市摩文仁の丘にはまだ収集されていない遺骨が埋もれていて、その遺骨が混じった土砂を辺野古新基地建設の埋め立てに使おうとしている。

沖縄では戦没者を弔う慰霊の碑が魂魄の塔だけでなく随所に慰霊の碑がつくられていて魂魄の塔に着く前にも白梅の塔にも立ち寄ったが、これらが戦争の遺跡としてだけでなく、623日の慰霊の日になるとそれぞれの慰霊の塔の前で献花台やテント、椅子がしつらえて正装した遺族の方々が当時の戦争の苦難に想いと祈りを捧げ、今なお戦争の伝承を風化させまいとする沖縄の心に触れることができる。

政府はまだ遺骨収集が未だ終わらないこの土地の土砂を事もあろうに辺野古新基地建設の埋め立てに使おうとするのだから尋常ではない。誰しも政府の無神経さに怒りを感じるがそれほど戦争は近いともいえる。奄美、沖縄、そして宮古島、石垣島、与那国島の南西諸島ではミサイル配備の軍事基地化が進んでいて、その石垣島を訪れた郵政シルバーユニオンの方々と魂魄の塔に向かう途中で出会い、国際反戦集会で合流できた。

〈2日目 月桃の歌碑~高江~名護>

2日目は月桃の歌碑などに立ち寄りながら一気に北の高江まで車で移動して地元の伊佐村会議員の団結の建物で説明を受けて自転車で南下して名護まで走る。名護では東恩納市議らと交流会を持ち、日本キリスト教団名護伝道所に泊まる。

〈3日目 辺野古の海~ゲート前~キャンプシュワブ>

3日目は辺野古の新基地建設の土砂搬入のゲート前に行くのだが、たまたま日曜日でダンプカーも走っておらず、座り込みの人たちの姿もなく、誰もいないキャンプシュワブは梅雨明けの強い陽射しの無言の空気、新基地建設はいくら反対してもやめようとしない不穏な静けさが感じられた。

辺野古での行動がなかったため辺野古へ行く前に朝一番で名護市議会議員の東恩納さんがグラスボートと言って海の中が覗ける船を自ら操縦して辺野古の珊瑚礁を見せてくれた。読谷村の知花昌一さんの民宿何我舎(ぬーがやー)で恒例のバーベキューと酒を思い切り食した。知花さんが患って案じられたが、一緒に飲食できてよかった。息子さんが立派に後を継いでいる。

〈4日目 チビチリガマ~普天間/大山~嘉数高台公園~空港>

4日目の何我舎での朝食後チビチリガマの見学でガイドも息子さんがしっかり努められた。何我舎を辞して普天間/大山まで走ってここで自転車をたたんで車で嘉数高台公園に立ち寄り那覇空港に戻って来た。ここでお世話になった沖縄ピース事務局長の久保さんと別れる。パッキングを済まして一緒に走った神奈川ピースサイクルの佐藤さんと旅を振り返りながら飛行機を待ち、無事機中の人となった。

623日から26日まで途中で梅雨も明けて、ピースサイクルの旅は慰霊と抗議の土地を巡る傍ら夜には美味しい地元の酒や料理を味わいながら地元の活動家を始め市議会議員との交流を行った。来るたびに新たな発見と想いが生まれる。「うちなんちゅー」と「やまとんちゅー」の壁を乗り越えて「くーすー」を酌み交わせる日が来るのはいつになるのか、そんな想いを強くしながら沖縄ピースを終えた。  報告者 東京ピースサイクル 櫻井郁利

 



2023年7月4日火曜日

2023ピースサイクル東京行動

ピースサイクル東京行動(716日)にご参加願います

岸田政権による軍備拡大、原発政策の大転換、入管法改悪が自民・公明・維新・国民など翼賛勢力により可決されてしまいました。

 私たちは、改憲勢力が多数派を占める国会院内での動向にめげず、人権、反戦反核、反原発など地球上のすべての闘う民衆と連帯し、これまで以上の闘いに立ち上がります。

すでに623日に沖縄ピースサイクルが行われ、これから全国各地においてピースサイクルが展開されます。86広島行動、89長崎行動そして826六ヶ所行動等へつなげるピースサイクル東京行動になります。

日程は下記の通りです。是非皆さんお忙しいと思いますが、「汚染水を海に流そうとしている」東京電力本店前(新橋駅より5分)だけでも参加お願い致します。自転車隊の参加だけでなく車、徒歩での参加も歓迎です。参加できる方はご連絡ください。

 

716日(日)の行程》

930 江東区、夢の島 第5福竜丸展示館集合

1000 出発式

1015 出発

1115 銀座

1130 経産省テント訪問、首相官邸前

1200 昼食

1300 東京電力本店前(汚染水流すな! 抗議文手交)

1330 東京電力出発

1530 川崎中原区平和館到着予定

終了後反省会を予定しています。(東京ピースサイクル代表櫻井郁利)

2023年6月6日火曜日

2023神奈川ピースサイクル(ミニ)報告

 5月26日9時から17時まで、 2023神奈川ピースサイクル(ミニ)を開催しました。ガラスのうさぎ(高木敏子)でも知られる二宮町から軍港の横須賀市役所までの自治体7箇所(二宮 大磯 平塚 藤沢 鎌倉 逗子 横須賀)を訪問し、メッセージをいただきました。

 自治体での到着報告会には4行政の市長、町長の参加もいただけました。初夏のピースサイクル、天候もよく、風はさわやか、海は凪 初夏を感じて完走できました。

写真は二宮ガラスのうさぎ像前、横須賀市役所訪問

                           



                  報告者:神奈川ピース佐藤修作